夜中に行列ができていた。


 ここが電気街であったなら、異様ではあっても奇異ではないだろう。しかし、ここは電気街 ではなく、この国でも有数の繁華街の一角であり、行列の始点も電器屋ではなかった。折りたたみ式の 小さな机と椅子である。行列は、ブランドショップや百貨店のシャッター前に、延々と続いていた。 20人は並んでいる。8時9時に店が閉まる昼の街には不可解な光景に、男はふと立ち止まった。
 先頭では安っぽい合板の机を挟んでOL風の若い女性とぱっとしない少年が座っている。しばら くすると、女性は財布を取り出して、紙幣を抜き取ると少年に渡した。どうやら何かの謝礼らしい。 少年は対価を渡すわけでもなく、女性に礼をした。言葉までは聞こえてこない。何度も礼をしながら 女性が席を立つと、待ちかねた風に後ろの中年男性がそこに座った。男性が何か話し出しても、さっきの女性は 何度も礼を言っている。
 ふと、少年がこちらを見た。自分が凝視しすぎていたのか、それとも彼がよほど視線に聡いたちな のか、どこか気まずそうな顔をしている。気が弱いな、と思いながら、男はつい営業用の笑顔を向け ていた。少年は一瞬目を見開いて、それからぎこちない愛想笑いを浮かべた。

 そこでようやく、六道骸は随分長い間行列を眺めていた自分に気付いたのだった。


「占い師ではないでしょうか」
 柿本千種の明瞭簡潔な一言に、骸は得心すると同時に、昨夜わからなかった自分に驚いた。
「ああ、なるほど。僕はそういうのにまったく意味を見出せないからでしょうか、思い至りません でした」
「有名みたいですよ」
「へえ?」
 柿本はパソコンのモニターを覗き込んでいる。画面には掲示板らしきものが映っていた。
「……の、少年占い師。これだけ同じ特徴を持った人間が他にいるとは考えにくいでしょう」
 骸が少年を見かけた場所の名を挙げる。
「そうですね。調べてくれたんですか?便利な時代ですねえ」
「骸さんじじくさい…ぎゃんっ!」
 第三の声と共に、鈍い音が響いた。
「殴りますよ、犬」
「もう殴って…ごめんなさいごめんなさい!」
   へこんだ頭を抑えて、悲しげに鼻を鳴らしながら犬もモニターを覗き込む。
「へえー、百発百ちゅー」
「はずれたことがない。すごいですねえ」
 振り上げた鈍器をひとまず下ろして、骸もそれに倣った。
「……」
 柿本の指が、めがねのフレームを押し上げた。





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