次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、少年の前には長蛇の列ができていた。
 多いときで40人ほど、少なくても10人を下回ることはない。未来の指針や現在の決断を、 人にゆだねてしまいたい人がこれほどいるのかと思うと、骸は最初嘲笑し、次にうんざりして、 最近ではいらいらしている。 「怖い、という意見もありましたよ」
 その話をすると、柿本からは意外な言葉が返ってきた。あれからも彼について調べてくれて いたらしい。
「当たり過ぎて不気味ってことですか?」
「いえ、それよりもむしろ」
 柿本は淡々と言葉を続けるが、そこには苦笑かあざけりに近いものがにじむ。犬と飼い主が、夫と妻が似る ように、長年連れ添ったこの主従も段々似てきている。
「本当のことしか言わないからだそうです」
「クハハハハ!……なるほど、それは確かに恐ろしい。真実ほど怖いものはありませんものね」
 しばらく笑った後、骸は細い顎に指を添え、考え込んだ。
「現在のカッサンドラと言う訳ですか、彼は。それにしては貧相ですけれど」
 骸はきまぐれを起こすことにした。


 
「どうしてこんなところに来たんです。あなた、占い信じていないでしょう」
 骸がパイプ椅子に腰を下ろすとすぐに、少年はそう言った。
 彼を間近で見たくなった骸は、客として行列の最後尾に並んだのだった。
「……すばらしい、ご名答です。それとも、それがあなたの戦術なんですか?」
 愉快な気分で骸は言葉を返した。至近距離で見た彼は、やはり地味でぱっとしない姿を している。
「ハッタリじゃないですよ」
 少年は穏やかに苦笑する。とっぽい風で居てもさすがに名声を勝ち得た占い師、その態度は 控えめながらも堂々としたものだった。
「別に占わなくても、見ればわかりますよ。嫌いならやめときゃいいのに」
「けっこう言いますね、君」
「……そこに座った以上お客さんです。今日は何を占いましょう?」
「そうですねえ……」
「お手を拝借」
 骸が差し出した右手に、少年の右手が重なるのと、骸が答えを出したのは同時だった。
「恋愛運にしましょうかね。最近恋してないんですけれど、いい出会いはありますかね」
「……」
 少年の顔がかっと赤くなった。生白いほほが、紅葉を散らしたようになる。
恋の悩みを打ち明けられることもあるだろうに、見かけどおり案外初心なのだろうか。
なんとなくほほえましく思いながら、骸は一応気遣った。
「どうかなさいましたか?」
「……」
 少年は黙ってしまった。
「占い師さん?」
「あの……言いにくいんですけれど」
 そこまで言っておいて、少年はなお言いよどんでいる。
「はい。どうぞ遠慮なく」
「オレです」
「……はい?」
 本当に意味がわからなくて聞き返すと、少年は真っ赤な顔に例のきまずそうな苦笑を浮かべて、 こう言った。
「あなたの好きな人、オレです」
「……」
 ふざけるなとか、うぬぼれるなとか、ばかにするなとか、なんとでも言えただろう。 しかし骸の頭の中は、ジェット機が飛び立ったような爆音で満たされていて、 思考のすべてがふっとんでいた。





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