審判の時を告げるラッパの音色は、ごく穏やかで、上品ですらあった。こちらが全身の 神経を研ぎ澄ましていなければ、気付かなかったかもしれない。
 彼が緊張と恐怖に体を堅くしていると、もう一度運命の音がした。さっきより少し大きい。
「綱吉くん?」
 更にもう一度。今度は二重奏だ。
「いないんですか?」
 三度目のノックが綱吉の鼓膜を振るわせた。重なる声はあくまでも優しげである。
「い、い、い、い、います」
「なあんだ。入りますよ?」
 ドアを滑らせて白衣の天使が入ってくるのを、沢田綱吉はベッドの上でなす術もなく 見つめた。




   病棟一美人な看護師が担当になったのを、最初は綱吉も喜んだ。しかもなぜか綱吉のことを 気に入ってくれたらしく、暇にしていると雑談に付き合ってくれたり、夜勤の日は夜中の見回り の時にこっそりお菓子をくれたりして、ちょっとときめいたりもしていた。
「もう、どうして無視したんですか」
 しかし、だ。綱吉はその若さにして既に悟っていた。
 美しかろうが醜かろうが若かろうが老いていようが、することは同じだ。
「だって……」
 綱吉はサイドテーブルの上に置かれたゼリービーンズのような輪郭の銀色の盆を見て、 すぐに眩暈を覚えて目を逸らした。
 盆の上には、ゴムのチューブ、医療用テープ、プラスチック製のフタ付き試験管のようなもの、 薬のアンプル、そして声に出すのも嫌なものが乗っている。
「あー」
 おかしそうな声に、くすりと笑う音も続く。綱吉の動きを始終見ていた看護師は、視線だけでわかってしまったらしい。 「もしかして、注射嫌いなんですか?」
 そして、わざわざ未開封の注射針をつまんで、綱吉の目の前に突き出してくる。おぞましいものを 見る目で綱吉は顔をそむけた。上体を屈めた看護師の胸元がちらりと見えたからではない。
「……好きな奴なんかいないですよ!」
 ぐいぐい押し付けられる手を必死に押し返し、胸に沸いた本気の恐怖を払いのけようと大きな声を出した。
しかしその声は震えている。
「そんなことないですよ」
「え?」
 思わず顔を上げてしまった綱吉の視線の先で、ちょっと個性的な凝った分け目の、衛生を考えてか 頭の上で後ろ髪をまとめた美しい看護師が微笑んでいた。注射器を爪で弾いて薬液に混ざった空気を 上にやる。内筒の尻を白い指が押すと、鋭い針の先端から空気と一緒に液体が迸った。
「……っ!!」
綱吉は声も出せずに硬直した。
「僕は大好きです」
 ナミモリ総合病院6927号室の入院患者沢田綱吉の担当ナース六道骸は、微笑を 満面の笑みに変え、頬に紅葉を散らしてそう告白した。








つづいちゃいました…

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