夜中に突然目が覚めた。何故目覚めたのかわからない(わからない?)ので、しばらく頭上の 豆電球を眺める。(本当に?)犬は横で腹を出して熟睡している。枕元の時計を見ると、午前 二時だった。(俺はそれを知っていた)意識がはっきりしてくると、喉が渇いて、ねばつく感 触がした。(そうだ、喉が渇いていた)不快だ。(早く起きろ)起き上がろうとして、(はや く)唐突に「それ」に気付いた。(あいつだ) 部屋の外に、何か、いる。(あいつが、いる) 俺たちが寝起きしている和室の襖を開けると、廊下になっていて、向かって左に行けば玄関、 右に行けば居間がある。「それ」は左側から、やって来た。音は、全く、無い。気配も、よほど 意識を研いでいなければ気付けないほどしか。「それ」が侵入に使ったであろう玄関には他なら ぬこの俺が仕掛けた防犯装置がある。この平和な国の市販品なんかよりも、ずっと強力で巧妙な やつが。あれを破れたとしても、ここまで侵入するまで気付かせない人間など、それこそ極限ら れるはずだ。つまり、襖の向こうに居るのは、「極限られた相手」であると言うことだ。それが 問題だ。うかつには動けない。僅かなミスが、命取りになるだろう。(この間と、全く同じ) (ではあれは夢じゃなかった?)(それとも同じ夢を見ている?)(ああ、俺はこの次に起こること を知っている)(「それ」が襖の向こう側でぴたりと止まる。) 「それ」が襖の向こう側でぴたりと止まった。 (そしてあいつは俺に気付く)(……気付かれた?) ふすまごしの対面なのに、何故か俺は確信した。「それ」も、こちらが気付いて、こちらの様 子を見ている。 (犬を起こすか……しかし)(起こさない) 声一つ、身動き一つするのに、信じられないほどの圧力を感じる。恐怖、と呼んでもいいほど の。指先に冷たく堅いものが触れて、心臓が跳ねる。見れば、(メガネだ)自分の眼鏡だった。無意識のうち にいつもの習慣が出ていたらしい。視力の悪い俺が、眼鏡もかけずに何をしているのだろう。忘 れるほどの、緊張なのだ。(そうだ、俺はみっともないほど緊張していた)(「あいつ」はもう行く) すると、「それ」は動き出した。足音はおろか、衣擦れの音すらしない。が、悔しいことに急 に肩から重さが消えたような感覚が、「それ」の興味が失われたことを俺にわからせた。 深く息を吐いて、初めて自分が呼吸を止めていたことに気付いた。(ここまでは、全く三日前と、同じ) 俺は立ち上がり、襖を開けた。 10 作話トップ |