雨が降っている。穏やかな、糸のような雨が、朝方からずっと降り続いている。今日は水の気配 の中で目を覚ました。湿気は嫌いだ。商売道具の調子は変わるし、何より喉の奥が詰まったように なって、辛くはないが鬱陶しい。 「やまないね」 それなのに犬は、縁側に座り込んでいる。立て膝した足の間に両手を揃えて、まるで本当に犬の ようだ。何が楽しいのか、雨に濡れるトマトやきゅうりを眺め、時折空を仰いでいる。 俺は、楽しくはなかったがソファからそんな犬の背中を見ていた。少しでも右に視線を動かすと 骸様の部屋が見えてしまうからだ。 骸様の部屋のドアは、今日は約20センチ開いている。 犬が頼んだのだ。 「さみしいからドアは閉めないでくらさいませんか」 朝食の席でだった。俺は寝起きの重い腹にバランスもボリュームもすばらしい朝食をもそもそ詰め てさらに重くしていて、骸様はすでに食べ終ってお茶を飲んでいた。例の妙に舌足らずなしゃべり口 で犬が言った。 「いいですよ」 答えはあっさりしていた。骸様は理由も聞かなかった。正直少し驚いた。(つまり俺は骸様が断る と思っていたのか?)犬の目も驚いていた。 そうして俺たちは、揃って息を潜めている。隣の部屋には骸様が居て、間のドアは約20センチ 開いている。骸様の部屋は静まり返っていて、俺たちは黙りこくっていた。だから雨の音だけが聞 こえていた。 一日部屋から出てこなかったが、それ以外は特に何もなく、一日が終わった。 9 作話トップ |