夜中に突然目が覚めた。何故目覚めたのかわからないので、しばらく頭上の豆電球を眺める。犬は横で腹を出 して熟睡している。枕元の時計を見ると、午前二時だった。意識がはっきりしてくると、喉が渇いて、ねばつく感触 がした。不快だ。起き上がろうとして、唐突に「それ」に気付いた。 　部屋の外に、何か、いる。 　俺たちが寝起きしている和室の襖を開けると、廊下になっていて、向かって左に行けば玄関、右に行けば居間がある。 「それ」は左側から、やって来た。音は、全く、無い。気配も、よほど意識を研いでいなければ気付けないほどしか。 「それ」が侵入に使ったであろう玄関には他ならぬこの俺が仕掛けた防犯装置がある。この平和な国の市販品なんかよりも、 ずっと強力で巧妙なやつが。あれを破れたとしても、ここまで侵入するまで気付かせない人間など、それこそ 極限られるはずだ。つまり、襖の向こうに居るのは、「極限られた相手」であると言うことだ。それが問題だ。うかつには動けない。 僅かなミスが、命取りになるだろう。 「それ」が襖の向こう側でぴたりと止まった。 （……気付かれた？） 　ふすまごしの対面なのに、何故か俺は確信した。「それ」も、こちらが気付いて、こちらの様子を見ている。 （犬を起こすか……しかし） 　声一つ、身動き一つするのに、信じられないほどの圧力を感じる。恐怖、と呼んでもいいほどの。 指先に冷たく堅いものが触れて、心臓が跳ねる。見れば、自分の眼鏡だった。無意識のうちにいつも の習慣が出ていたらしい。視力の悪い俺が、眼鏡もかけずに何をしているのだろう。忘れるほどの、 緊張なのだ。 　すると、「それ」は動き出した。足音はおろか、衣擦れの音すらしない。が、悔しいことに急に肩 から重さが消えたような感覚が、「それ」の興味が失われたことを俺にわからせた。 　深く息を吐いて、初めて自分が呼吸を止めていたことに気付いた。 ７ 作話トップ