夜だ。雨が降っている。だから、分厚い雨雲に月明かりも星明りも遮られ、辺りは真っ暗だった。 かろうじて、小さな非常灯だけがぼんやりとした明かりをその周り僅か数メートルだけを照らしている。 屋上に上がったとたん、雨は激しく降り注ぎ、彼の全身を濡らした。夏物の薄いシャツが、一瞬で ずぶぬれになり、もう一枚の皮膚のように彼の体に張り付いた。そうやって浮き出る体のラインはか細く 貧弱だ。あちこちに跳ねた薄茶の髪も、あっという間に頭を垂れた。髪が額にまとわり付く感触が鬱陶しくて、 沢田綱吉は細い腕で顔をぬぐった。すでにずぶぬれの腕に顔から移った水が流れ、滴り落ちる。 そして彼は、腕を下ろすと同時に顔を上げた。どこもかしこも華奢な彼の中で、瞳だけが強く前をにらむ。 しかし、闇に、閉ざされて、その光はどこにも届かなかった。 『モノトーン・黒』 綱吉の視線の先には、闇を凝らせたような、暗い影があった。人の形をしている。綱吉はそれを見て、次に その足元に横たわる、動かぬ影を見た。 「やあ、お早いお着きですね」 のんびりと、影は言った。 「……骸」 苦々しく、綱吉はその名を口にする。 「はい」 六道骸の律儀な返事に答えることはせずに、綱吉はズボンのポケットから銃を取り出した。手本よりやや 腰の引けた姿勢で、構える。銃口は、骸に向いていた。 「おやおや、これは物騒ですね」 「……黙れ。死んでるのか」 銃は構えたまま、顎で足元の影を指す。骸は笑った、ようだ。闇にまぎれて、その顔は見えない。 「ええ」 「なんてことを……!!」 引き攣った声で、綱吉が叫んだ。うずくまる影は、人、であったものだ。 「お怒りですか?」 骸は、右足を上げると、死体の頭を踏みつけた。 「やめろ!」 綱吉の声が更に高くなる。 「僕が恐ろしい?」 銃を構えたその手は、照準が合わないほど震えていた。最初からずっとだ。 「……」 手だけではない。体も、体を支える足も、震えている。激しい雨音に混ざって、歯がぶつかり合ってガチガチ 鳴る音がする。 「怖い?」 対して、至って平静に六道骸は問い続ける。 「……」 答えは返らない。人を殺すための道具を構えたまま、綱吉はただ震えていた。 「憎い?」 それでも骸は問うた。見開かれた綱吉の目が閉じ、開く。 「………ああ」 もう一度、綱吉は骸をにらんだ。 「なら、僕を殺せばいい。幸い、貴方はその手段を得ている」 六道骸が穏やかに微笑むのが、なぜか綱吉には闇の中でもわかった。 「心臓は、ここです」 そう言って、六道骸は、優雅なしぐさで右手を上げ、白い指を左胸、心臓の真上に乗せた。 その姿は偶然にも、敬意を捧げる姿に似ていた。綱吉は動かない。 「どうして、引き鉄を弾かないんですか」 雨は降り続いていた。 「甘い人だ……本当に」 恋人に捧げるような甘い声で、六道骸は沢田綱吉を嘲った。 back |