9.
 重い。当たり前だ。綱吉が抱えているのは、人一人の重さなのだ。
  「は、は…あははは」
 上に乗っかった六道骸を抱いて、綱吉は高揚した気分に任せて笑った。気分が良かった。
「何を考えているんですか。あなたは。このポッドは一人用だってことくらい、 さすがにご存知でしょう」
 対する六道のテンションは、二日酔いの寝起きほどに低い。綱吉の顔の両脇に手を付いて、狭い空間でどうにか 体を起こす。完全に起きる前に、天井にとさかがぶつかった。
「イ!」
 短い悲鳴を上げ頭を抑えて、涙目の六道骸が綱吉の元に逆戻りしてくる。そこには成人男子が体を起こせるほどの 高さはなかった。ポッドは閉じられてしまっていた。
「どうしてこんなこと、したんですか……」
 仕方なく、肘で体を支えて間近の綱吉をにらむ。大きな瞳はまだ涙で濡れていた。
「いくらお前でも、目の前で死なれてたまるかよ」
 近すぎる距離に内心ひきながらも、綱吉は言った。
「あなたってひとは……」
今度こそ、六道骸は深いため息をついた。一度眉を寄せて、ほどく。表情が消えた。 すると、整った顔はできの悪いコンピューターグラフィック並に つくりものめいて見えた。その顔に触れそうな距離で見つめられて、綱吉は呼吸を止めた。
「わかっているんですか。僕の命と、あなたの、あなたがたの命は、根本的に 違っている。僕にとって個体の死は、僕自身の死ではないのです。あなたがたにしてみたら、 怪我をするようなものなんですよ」
 よどみなく、アナウンサーがニュースを読み上げる声で六道は言った。
  「わからない……わからないよ、骸」
 綱吉はひどく悲しい気分になった。理由はわからなかった。
「あなたは、やはりそう言いますか」
 骸の静かな声が、悲しみを助長する。
「え?」
 しかしその言葉は、綱吉にとって理解不能な内容だった。今までの会話の流れに、まったく 異分子だ。しかし綱吉の違和感も正体不明の悲哀も、骸の行動を見ると霧散した。
「……むくろ……何、を…してるんだ」
 六道骸は、黒く光る金属の塊を握っていた。綱吉の目が驚愕と緊張に見開かれる。その網膜に映る 六道は、対照的に平然としていた。
 本来なら、綱吉にもそして骸にも、その道具の使い方も、そもそもなんであるかさえもわからない だろう。それは何世紀も前に滅びたはずの過去の遺物だった。
「いつのまに……たしか、俺の鞄に…いや、んなことより、お前、それが何かわかってるのか?!」
「ちょっとお借りしました。もちろん、わかってますよ。大昔の人殺しの道具でしょう?」
「じゃあ触るなよ!」
 それは細い指が安全装置を外す。その僅かな音に、綱吉の肩が跳ね上がった。
「お前、何考えてんだ」
 それは疑問ではなく、糾弾だ。
「やはり僕は死にます」
 しかし六道はそれを理解しない。できない。
「これで酸素が持ちます。あなたの生存確率は、上がる」
「やめろ!」
 ならば、綱吉は闇雲にわめくしかない。
「僕が死んでも、僕は他にもいます」
 そしてそれは何の力も持たない。
「話を聞け!」
「けれど、あなたはあなただけだ」
 あまりに真摯な声に、綱吉は一瞬ひるんだ。
「……」
 絶句の隙に、六道は平らかな言葉をつなぐ。
「一人しか居ない」
 そしてかすかに、目元を緩めた。
「でも、助けてもらえて嬉しかったです。その調子で、次の僕にはもうちょっと優しくしてください」
 冗談のようなことを言いながら、六道は右手の銃を自らのこめかみに当てた。
「やめろ」
 綱吉には六道骸を止めるすべが何もなかった。言葉にはなんの力もなかった。
「さようなら、ボンゴレ」
  「やめてくれ、骸!!」
 綱吉の声が悲鳴になる。銃口を押し当てたまま、六道骸は鮮やかに唇を吊り上げた。持ち上がった頬が ばら色に輝いている。ああ、笑っている、綱吉の働かない頭に浮かんだのは、そんなことだった。 六道はいつも微笑んでいるのに、初めて笑顔を見た気がしていた。
「また会いましょう」
 
   銃声が響く。

 






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