8.
「ちょっと待て!」
   綱吉が叫んだ。骸は問答無用でハッチの開閉ボタンを押す。いつも静かな生き物の焦った姿 を目にして、綱吉は疑惑を強めた。
「待てって!」
 突き飛ばされるままに仰向けになっていた体を起こして、閉まろうとするハッチに腕を挟んで止める。 安全装置が働いてハッチの動きは止まった。そのまま綱吉は、ポッド内の開閉ボタンを連打してハッチを開けた。
「危ないですね、何をするんですか。せっかく無事だった腕がちぎれ飛びますよ」
 いつもどおり慇懃無礼なその姿に、一瞬疑念が揺らぐ。しかし、綱吉は自分の直感を信じた。
「お前、さよならってどういうことだ」
「別れの挨拶ですよ」
 いつになく厳しい声にも、骸は平然とずらした返事を返して見せた。綱吉は舌打ちをこらえた。
「ごまかすな。俺は真剣なんだ」
 強い視線に耐えかねて、骸が目を逸らした。

「なんで別れの挨拶をする必要があるんだよ」

 もう、反論はなかった。
「今から、脱出、するんだろう?」
 そろそろと確信に近づいて行く。怯えていた。 「……船は大破しました。使用可能なポッドはこれ一つです」
 顔を逸らしたまま、骸が告げた。

 空気が緊張する。
「……ここに、残る気なのか」
 理性と知識はそう確信していた。しかし、綱吉の感情は真実の重さに打ちのめされていた。
「ええ。仕方ありませんから」
 骸はもうごまかすのを諦めたらしい。色違いの目がもう一度綱吉を見た。そこにはなんの感慨も見出せず、ただ静かだった。
「あなたと僕なら、あなたが生き残ったほうがいい。そうでしょう?」
「そん、な……嫌だ」
 痛む足をこらえて立ち上がると、人間と一線を画す鮮やかな視線が間近に迫る。 底まで見通せそうな赤と青の瞳を、綱吉は正面から見つめた。
「わがまま言わないでください」
 骸が、眉根を下げて笑った。派手な瞳が細くなって、妙に情けない顔になった。
「わがまま? わがままだって言うのか、これが? お前に死ぬなって言うのがかよ!」
 湧き上がる激情のままに綱吉は叫んだ。骸が面食らった表情で自分を見返すのが、腹立たしかった。
「ボンゴレ?!」
 綱吉は骸の胸倉を掴み、そのまま全体重をかけて引き倒した。不意打ちで見事に骸は綱吉の上に倒れてきた。
「わがままなのはお前のほうだろ、そんなに簡単に死のうとするな!」
「何するんですか、あなた?! わあ!」
 骸が慌てて起き上がろうともがくのが腹が立って仕方なくて、抱きしめて抑える。
「そう簡単に死なせてなんかやるもんか!」
 綱吉は、開閉スイッチの「閉」に手のひらをたたきつけた。
 







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