7. 頬を伝う、暖かくてくすぐったい感触が、沈んだ意識をつつく。体と同じ温度の液体が、後から後から流れ落ちる。 綱吉は、目を覚ました。視界が何かのフィルターを通したように歪んでいた。 (俺、泣いてるのか……?) ただ今は頬をしずくがくすぐるのが気になって、半覚醒のぼやけた頭のまま、手の甲で乱暴にぬぐった。 自然と、自分の手が視界に入る。綱吉はゆっくりゆっくり、その目を見開いた。 「え……?」 その手は赤く染まっていた。 「……あ……」 涙だと思った生暖かい液体を、綱吉はもう一度、今度は両手のひらで顔をぬぐった。恐る恐る離すと、両手にべっとりとどろりと赤い 液体が付いていた。 「……ひ…」 悲鳴を上げる直前、息を吸い込んだところで声が聞こえた。 「目が覚めましたか」 頭の上から、静かな声がした。 「……骸」 顔を上げると、六道骸が綱吉を覗き込んでいた。 「よかった。状況はわかりますか」 「衝撃があって。…壁?にぶつかった」 思い出すと、背中と頭と、そして足首が痛み出した。 「そのままあなたは気絶していました」 痛みに顔をしかめながら、綱吉は聞くべきことを口にした。 「あれはなんだったんだ…まさか」 頷いた骸の眉間の皺だけで、綱吉は先に続く言葉を知った。 「僕たちの動向が、向こうに漏れていたようです」 「やっぱりね。……今の状況は」 綱吉の眉間にも皺が寄る。すると、突然骸が微笑んだ。 「いいニュースと悪いニュース、どちらから」 六道骸がジョークを言えることを知って、綱吉は新鮮な驚きを味わった。できるならば、もっと平和なときに知りたかった一面だった。 「大事な順」 「了解しました。まず、あなたは頭と足を負傷しました。いずれも軽傷ですが、念のため 後ほど病院で検査を受けることをお薦めします」 「それって大事なこと?」 「いえ、抱いて運ぶ許可をいただきたかったので」 立とうとすると、右足首から脳髄まで痛みが駆け上がった。 「……許可します」 綱吉は涙目で重々しく頷いた。 「では、失礼」 「うわあ!」 太ももの裏と背中に細い腕が回ったかと思うと、次の瞬間は硬い肉に体が食い込む感触とともに、宙に浮いていた。 「歩きますよ」 「は、はい」 どうにも居た堪れない。頭から血をだらだら流しながら、綱吉は居心地の悪さに赤面した。 「あ、で、ザンザスは」 状況を思い出して、綱吉は表情と気持ちを引き締めなおした。しかし骸の顔を見ようとすると、どうにも不自然な距離にあって やはり不愉快になった。尖った白い顎など、見たくもなかった。 「亜空間ワープに入って逃げ切りました」 「俺がのんきに寝てる間にありがとう……」 驚くほど何もしていない自分に、綱吉は改めてあきれた。 「いえ、ところで機体の状況ですが」 「機体は大破。損傷は機関部の69%、居住部分の78%」 「よくワープできたな」 「はい。できませんでした」 感心して再び見上げた綱吉と、綱吉を見下ろしていた骸の視線がかちあった。赤と青の目が、なぜか笑みを含んでいる。 「……うん?」 「座標が狂いました」 背筋が一瞬で 「……ここ…どこ…いや、いい。知りたくない」 「いいんですか?」 「それより」 綱吉は、唾を飲んだ。その音が妙に大仰に響く。呼吸がうまくできない。 「生還の、可能性は…?」 あまりに重い言葉も、口にすれば他のありふれた言葉と似たような音しか持たなかった。 「一番近い僕に伝えました。一週間で付きます」 「な、ん、だ……」 「便利でしょう? 僕」 「……ほんとにね」 脱力して、骸の腕からずり落ちそうになる。今はこの目の前の男(の姿をした何か)に抱きついて感謝の言葉を述べたかった。 「到着です。下ろしますよ?」 床に下ろされて、自分が随分運ばれて来たことにようやく気づく。普段は近寄らない、片隅の埃っぽい部屋だった。 機械仕掛けの棺のようなものが目の前に見えた。 「……緊急脱出用ポッドか」 訓練で乗った時のことを思い出して、綱吉は顔をしかめた。酷く酔ったのだ。 「はい」 しかし、骸は着々と準備を進めている。白い指が素早くパスコードを打ち込み、ポッドの棺を開く。 「では、お気をつけて、ボンゴレ。さようなら」 骸がにっこりと笑った。非常灯の赤い光の下で、コバルトブルーの髪が赤黒く光っている。 「はい?」 乱暴に胸倉を掴まれたと思うと、綱吉はすでにポッドに放り込まれていた。 作話トップ |