4.
「仕事って何、リボーン」
「ハッ」
 話しかけるなり笑われた。
「なんだよ」
 綱吉は少々むっとしたが、安楽椅子に深々と腰掛けた赤ん坊は全く気にしていない。
「仕事の話になるといつもいつもいつものらりくらりと逃げ回るお前が、妙に素直なのがおかしいんだよ。何があった?」
「別に何も」
 気まずい気持ちで目を反らすと、赤ん坊が鼻で笑った。 「いい加減骸に慣れろ。それはそういう生き物なんだ」 「わかってるなら聞くなよ!」  綱吉が怒鳴ってもどこ吹く風だ。それどころか、視線を上げもしない。彼の視線は、手の中の自分のコレクションに夢中だった。
「またテッポウ買ったの?」  鉄の色で鈍く光るのは、遥か昔の人殺しの道具だった。銃器の収集は赤ん坊の趣味である。
「っとに、無駄遣いばっかして…高いんでしょ?それ。骨董趣味の赤ん坊なんて前代未聞だよ」
 顔をしかめる姿は、まるで夫の趣味を苦々しく思う主婦だ。呆れっぷりも諦めっぷりも堂に入っている。
「ただのアンティークじゃねえって証明してやろうか?」
 ささやかな音を立てて撃鉄が起こされる。一般的な現代の人間なら意味につながらない音に、 綱吉は過剰に反応した。ホールド・アップの姿勢まで20世紀風だ。
「それはこないだ証明完了しただろ!」
「一応学習能力はあるみてぇだな」
 実際に撃たれるという希少な、だがありがたくない経験をしているからだ。綱吉は両手を上げたまま深いため息をついた。
「……で、仕事ってなんなの……」
「骸から聞いてないのか」
「……うん。全然。何も」
 途中で(綱吉が一方的に)気まずくなってからは、すがすがしいほど無言だった。
「お前は、まったくいつまでたってもダメツナだな」
「そうだよ。だからやっぱりこの仕事向いてないんだよ。マフィアのボスになんてなれない。じゃあ他に何になれるかって言われたら 困るけれど、とにかくマフィアのボスだけは無理無理無理無理無理絶対無理」
 綱吉はここぞとばかりにまくしたてた。
「なれるなれないじゃねえ。なるんだよ」
 返事は明瞭簡潔極まりなかった。自分のことでなければうっかり納得しそうだ。
「……」
「さっきも言ったが骸にしたってそうだ。使いこなせればこんなに便利なものもないのによ」
 反論を探して黙り込む綱吉を見て、リボーンは追い討ちをかける。 「だって……」
「いいか、てめえの狭いワクの中で理解しようとするから怖くなんだよ」
「……」
「とっぱらっちまえ、そんなもん。お前の常識なんて世界の大きさから見たらチリみたいなもんだ」
「……」
 反論もせずに俯く綱吉を見て、赤子は思春期のわが子をもてあます父親そっくりなため息をついた。 息の抜ける撃鉄よりも小さな音に、彼の『子ども』は体を硬くした。
「……もういい。仕事だ。骸、説明しろ」
 その姿を見て、リボーンはまたため息を付きたくなったが、喉の奥で噛み殺す。かわりに、蚊帳の外で置物状態だった骸が、やっと舞台に上がった。
「はい」
「骸が?」
 驚いた綱吉がリボーンの顔を見ると、彼は片頬だけを上げて笑った。ニヒルだ。
「何その笑顔……嫌な予感しかしないんですけど」
「気のせいだ。ただネタ仕入れてきたのがこいつだってだけだ。骸、このバカにさっさと説明を」
「ランキングフゥ太が見つかりました」
 言おうとした反論は驚きで消えてしまった。 「フゥ太が?!」
 綱吉は、宇宙一の情報屋の幼い姿を思い出した。
「はい」
 一方、六道骸はどこまでも穏やかだ。その口元には笑みまで浮かんでいる。
「どうやって……すごいな」
 フゥ太は「星の王子様」という妙にリリカルな異名を持つ。彼がその気になれば誰も彼を捕まえられない。しかし リボーンは素直に感嘆する綱吉に嫌な顔をした。
「本気で言ってんのか?」
「何が? あ……もしかして」 「ええ。ある僕が偶然発見しました」
 ある僕、という単語に、綱吉はまた不協和音を感じた。しかし、今は個人の感情を挟んでいい状況ではない。 「フゥ太はどこに」
 すると、六道骸は困った顔をした。その理由は、次のセリフで綱吉にも知れた。
「黒曜星系です」
「広いよ!」
 星系とは恒星とその周りを回るいくつもの惑星からなる天体の集まりである。その空間の大きさは、もちろん途方もなく広い。
「なんでそんなにはっきりしないの」
「あいつの習性を知ってるだろうが」
 意外なことに、フォローをしたのはリボーンだった。
「ああ……」
 彼は星の王子様、その気になれば誰にも捕まらない。
「今も移動を続けてるんだな」
「はい。今だけ、特別に許可を得てその僕を同行させています。彼はあなたとなら、会うと」
 綱吉は、最高の情報屋の子犬のような潤んだ目を思い出して、ため息をついた。 ようやくわかった。骸と自分だけが呼び出された理由も、さっきのリボーンの嫌な笑顔の意味も。
「で、俺と骸に二人でフゥ太のとこに行けって言うんだな、リボーン」
 最低の気分で言うと、リボーンはまた片頬で笑った。この幼い教師には、綱吉の気持ちなどお見通しなのだ。
「ああ。特別にザンザスご一行の視線はこっちで集めといてやる。そのあいだにこそこそ行って来い」
「……」
 是とも否とも答えない綱吉を見て、リボーンは今度は両頬を歪めて笑った。人を殺せるアンティークが 小さな手の中でくるくる回る。
「なんだその顔は。お前はこのオシゴトの重要さもわかんねえダメツナなのか?」
「……わかるよ。内紛中の今、敵の情報は黄金にも勝る財宝だ」
 言葉だけが美しい。綱吉の眉間にはしわが寄り、口の端が震えている。
「結構。では、二人で行くのが不満だとでも?」
「……ザンザスもこっちを監視してる。俺たちが地球をにらんでるようにね。目立たないのが一番だ」
「結構。なら異存はないな?」
「不満も異存もあるけど、個人的なものだから言わない」
「……いい子だ」
 小憎らしい満面の笑顔、もちろん作り物だ。
「はいはい、いってきますいってきます」
 結局唯々諾々と従ったわけだが、せいぜい態度だけは反抗的に見えるように仏頂面をして、綱吉は許しも ないのに踵を返した。
「返事は一回だ。ああ、それから」
「まだ何か……うわぁ!」
 その背中に冷たい声が降る。説教を予想してうんざりと振り向いた顔に、何かが投げつけられた。
「え……何? え?何で?」
 かろうじて受け止めたそれは、片手で持てる大きさなのにずっしりと重い。綱吉は困惑して犯人に向 きなおった。
「鈍いな。プレゼントだろうが」
 鈍器を投げつけた犯人は、デスクにふんぞり返る黒ずくめの赤ん坊。
「……この銃を、俺に?!」
 凶器は、さっきまで彼が弄んでいたアンティークだ。綱吉はあぜんとして古風な武器を見つめた。
「ああ」
「なんで?」
「もうすぐ誕生日だろ」
 答えは明朗簡潔だった。 「あ!」
 忘れていた。
「当日は祝えそうにないからな、前払いだ」
「リ、リボーン……」
 感動した綱吉が言葉を見つける前に、リボーンが機先を制した。 「じゃあな、いってこい」
 言い終わる前に、安楽椅子をくるりと回して、綱吉に背中を向ける。そうされると綱吉には 椅子しか見えなくなる。
「うん……ありがとう」
 綱吉は椅子に向かって微笑んだ。
「ハッピーアンバースデイ、綱吉」
「……リボーンも、おめでとう。帰ったらパーティしような」
「おうよ」
 二人のバースデイは、何の因果か一日違いだ。
 返事のかわりに、椅子の向こうからもみじのような手が現れて、ひらひらと動いた。









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