3. すぐ目の前で、重力に逆らったトサカが歩調に合わせて揺れている。その髪型の奇妙な造形は、数多き 六道骸の謎の中でも、トップクラスに入る。 「どういう訳かどの骸もこの髪型なんだよな…ライオンのたてがみみたいなもんなのか?」 気付かれないようにゆっくり歩調を落として距離を開けながら、 沢田綱吉は再び、「どうしてこんなことになってしまったのか」を考えた。彼はここ半年の間、 ずっとこの自答を繰り返している。答えは出ていない。 彼は元々、中流の中の中流とでも呼べそうな、ごくごく普通の裕福でも貧しくもない 平凡な家庭に生まれた、本人もごく平々凡々、をあらゆる面で少し下回った、それでも充分 平凡の範囲に入る少年だった。 母と二人で静かに暮らしていた家に、黒ずくめの赤子の姿をした運命が訪れたのが、一年前のことだった。 赤子は藪から棒に綱吉が初代ドン・ボンゴレ、宇宙でもっとも有名な冒険者にして経営者にして犯罪者にして 迷子、の子孫であること、彼が創始した宇宙でもっとも有名な犯罪組織……時代錯誤にAD世紀時代風な 「ボンゴレファミリー」という名を冠する巨大組織の次代の長に決まったことを、一方的に 告げた。 反論の暇も与えられず、教育と称して拉致され、勉強とうそぶいて何度も死の危険に晒され、気がつけば 映像でしか知らなかった地球を眺めながら、他の後継者候補と争っている。 「ボンゴレ」 「え……げっ!」 六道骸の声で、思考の迷路から現実に引き戻される。いつのまにか、意図したよりもずっと 距離が開いていて、綱吉はあからさまにあせった声を上げた。 「どうかなさいましたか?」 「あー、いや……」 「歩みが進まないようですが、具合でも悪いのですか」 遠くで六道骸が振り返っていた。その顔には苦笑のような表情が浮かんでいる。 「うう……ごめん……」 相手がまったく平生の様子なのが、逆に罪悪感を煽る。 「……僕のこと、そんなに嫌いですか?」 まったく唐突に、骸が言った。 「……え……」 さあっと血の気が引いた。 「気付いて……」 あせる心のどこかで、こいつも20世紀の刑事ドラマを見ているのかと疑った。 「そりゃあ気付きます。僕にも一応心はあるんですよ」 「……ごめん……」 羞恥と罪悪感が、綱吉の生白い頬を見る間に染めていった。六道骸はそれをじっと見ていた。 「どうして謝るんです?」 面食らって顔を上げると、色違いの瞳を丸くして、不思議そうな顔をしている。大人びた秀麗な顔でも、 そうしていると妙に子どもっぽい。 「だ、だって…お前は俺に何もしていないのに、勝手に嫌って……そういうのって、傷つくだろ」 冗談のオチを説明するのに似た気まずさだ。 「……?」 六道骸は、更にきょとんとした顔になった。 「いいえ? 嫌いなものは嫌いなものなんですから、しょうがないでしょう」 「……そう…だけど」 砂を噛んだような気がした。 「……その通りだね」 やはりこいつは人間ではない。再確認して、綱吉は唇を噛んだ。 じっと待っている六道骸のほうに一歩、また一歩と歩きながら、 沢田綱吉は再び、「どうしてこんなことになってしまったのか」 を考えた。彼はここ半年の間、ずっとこの自問を繰り返している。答えは出ていない。 答えのない思考を弄ぶのが逃避だと言うことなど、綱吉はとっくの昔に気付いている。 「僕、何か間違えましたか」 「……ううん」 「そうですか」 会話はそこで終わってしまった。 4 作話トップ |