ロイかけるエドささるウナギ

 来客用のソファにだらりと寝そべったエドワード・エルリックはずっと口を動かしている。
 喋るの比喩表現ではない。
 無言で開けたり閉じたり、口をもごもごさせているのだ。
 こちらも無言で山積する書類仕事を片付けていたこの部屋の主、ロイ・マスタング地位は大佐だそしてもうひとつ焔の錬金術師だは少し姿勢を正すと視界に入るそれが気になって気になって仕方がなかった。
「兄さん、どうしたの」
 子供の高い声が聞いた。
「うなぎの骨が喉に刺さって取れない」
「昨日の?」
「うん」
 ロイ・マスタングは少しどきりとした。弟の声に対する反射だけで返事をしているのだろう、ぼんやりとした言葉は平常の彼よりも随分と幼く、つまり、無邪気だった。
「贅沢な悩みだな」
 思わず口を挟んだ。エドワード・エルリックは意思のない目で天井を眺めながら口を動かし続け、ロイが無視されたと思い始めた頃にやっと声を発した。
「だな」
 何がおかしいのかくっと喉を鳴らして笑った姿は普段の「彼らしい」彼だった。
「大佐、いつになったら俺の出した書類にハンコ押してくれんの」
 さっきから万年筆の音が止まってるんですけど。
「ははは」
「働けよダメ男」
「しばらくおしゃべりしようか鋼の」
「上唇と下唇縫い合わせてミッ☆ィーちゃんにしてやろうか。飛躍的に効率あがるぜ」
「ミ☆フィーちゃんの口って縫ってあるからバッテンなのかね?!」
 幼い声がごく穏やかに間に入る。そして、常識人の少年はごくごく常識的な提案をした。
「ホークアイ中尉に言いつけますよ」


『Dog Days』


「兄さん、大佐はまだまだかかりそうだし、寝たら?」
 穏やかな穏やかな声なのに、棘を感じるのは、忙しい彼らを待たせ続ける罪悪感が被害者意識を生んでいるだけだろうか。
「んー」
 相変わらず仰向けの姿勢のまま、否定とも肯定ともつかない唸り声が上がった。
「また徹夜したのかい」
気のせいだと考えることにして、ロイはまた無駄口を叩いた。
「夕食には随分時間がかかっちゃって、その分ずれこんじゃったんです」
 今度は兄が黙っていると弟が答えてくれた。
「兄上の様子から見るに、今回も収穫はなかったようだね」
「ええ。読む本も無くなって兄さん手持ち無沙汰なんです。許可がおりないと出発もできませんし」
「ははは」
 ロイの手の動きが速くなった。
 エドワード・エルリックは12歳という異例の早さでキング・オブ・国家資格、国家錬金術師の称号を得た。それは蔑称「軍の狗」の通り、この国を支配する巨大な組織の歯車のひとつとなることであり、田舎育ちの12歳の少年が権力と金とその他あらゆる亡者たちの社会に入ることでもあった。彼は、今まで想像もしなかっただろう奇怪な世界に組み込まれたのだ。

 言うまでも無く、うなぎもつまりはそういうことだ。

 来客用のソファにだらりと寝そべったエドワード・エルリックはずっと口を動かしている。
 喋るの比喩表現ではない。
 無言で開けたり閉じたり、口をもごもごさせているのだ。喉に刺さった、細くて柔らかなうなぎの骨を取ろうとあがいている。



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