「ボス、若い女があなたに会いたいと」
「女」
「はい。名前は……」
「もしかして、オッドアイが神秘的な」
「はい。お知り合いでしたか。失礼いたしました」
「ううん、全然知らない。美人だった?」
「は?は、はい」
「じゃあお会いしようかな」
満面の笑みで立ち上がった美女を見て、ドン・ボンゴレは心底うんざりした。やっぱり会わなければ良かったと、実現不可能な選択肢に心は羽ばたく。大きく開いた胸元から覗くみっしりつまった谷間につい視線が行ってしまって、更に落ち込んだ。
「…………いらっしゃいませ?」
「つれないこと、仰るのね」
挨拶が日本語なら、返る言葉も日本語だった。いやーん、ツッくんたら冷たいのーん、など女言葉を使われなくて、内心ほっとする。
「『僕』は出会ってから一度たりとも、あなたの姿を見誤ったことなどないと言うのに」
豊満な胸と、くびれた腰の備わった体には、不自然な一人称だ。
「だって俺、あなたと違ってころころ外見が変わらないもの……やっぱりあなたでしたか」
「クフフフフフ、わかっていただけて光栄です」
耳に心地よい、艶のあるメゾ・ソプラノだ。が、美声を生み出す優美な肢体の中身を考えると、そうそう聞き惚れても居られない。いや、決して聞き惚れられない。不可能だ。
「間違えるはずないでしょう……骸さん」
ドン・ボンゴレ十代目沢田綱吉はとうとう観念して、色違い、しかも片方は真紅で漢数字が刻まれているという、世にも稀な瞳の美女……いや、美男と言うべきだろうか。とにかくその、性別すら一定しない非現実的な『存在』のなまえを呼び、首に回されるたおやかな腕を、諦念で受け入れたのだった。
『彼』の名を六道骸、と言う。本当はそんな名ではないのかもしれないし、そもそも名前などと言うものがある存在なのかもわからない。
だが、沢田綱吉ははじめて出会った時に『彼』が名乗った六道骸と言う名前で呼んでいる。
六道骸。その名の通り、個を保ったまま六道を巡ったと豪語する骸は、こちらもまた名の通り、人間の体を乗っ取って、体から体へ渡り歩く『存在』である。生物の定義すら当てはまらない、『存在』としか呼べないモノだ。
沢田綱吉は彼の母国の言葉で「妖怪」と呼んでいる。
つづき