並盛は、その名の通りこれと言った特徴のない、小さな地方の町だ。目立った産業も名物もなく、 大都市に近いとか交通網の要であるなどの長所もない。まあつまり、どこにでもあるありふれた 町だ。平和で静かなのが長所だが、それは同時に退屈という短所でもある。 ただひとつ、挙げるとすれば、桜の木が多いことくらいだ。町中のいたるところに桜が植えられてい る。学校、病院、公園、その他役所消防署警察署などの公共機関、街路樹にもほとんど桜が使われてい る。個人の家でさえ、ある程度の庭があれば桜を植えている。特に美しいと言われているのが僕が沢田 綱吉と出会った町外れの坂で、坂を覆うように枝を伸ばした花のアーチは、桜の多い並盛の中でも一際 すばらしいものとされている。(だが、町中に桜があるので、わざわざ町外れまで見に行く者も少ない) そんな町だから、花の盛りの時期になれば、高台から町を見下ろせば、 町自体が桜色をしているように見えるらしい。想像するだけでおぞましい事だ。 だが、まあ、国中に桜を植えまくっているこの国のことだ、それがほんの少し多いと言うだけで、観 光資源になるほどの物でもない。 並盛は地味で小さな町だ。 彼は毎日、坂の途中で桜を見ている。 「やあ」 「こんにちは、ヒバリさん」 「毎日毎日、よくも飽きないね。それともよっぽど暇なのかな」 「どっちもです。ヒバリさんも」 「まあ、春休みだからね」 今日も沢田綱吉は坂に居た。桜のアーチの入り口の、門番のような一際大きな桜の根に腰を下ろしている。僕が見かける 時、綱吉はいつもそうしていた。時折一つ、二つとこぼれる花びらを、目で追うでもなくぼんやり と眺めている。 彼と時間を過ごすようになっていた。一人が好きな僕にしては珍しいことだった。綱吉が同じように一人で居るのを好ましいと思ったからかもしれない。 「ヒバリさん。大丈夫なんですか、出歩いて」 綱吉は少しずつ慣れてきている。すぐに逸らされてしまうが、最初よりも目が合うようになった。 「本当にうるさい子だね。どこに居たって似たようなものさ。なら、引きこもってるのもシャクだからね」 「なんだかヒバリさんらしいですね、そういうの」 思わずと言った様子で綱吉が笑った。 「君が僕の何を知ってるって言うのさ」 「まあ、そうなんですけど……あはは」 小さな薄い唇に、苦笑を浮かべている。これも彼の変化だ。最初は怯えるばかりだったが、だんだんと色々な種類の笑 顔を見せるようになってきた。中でもこの、困ったような、あきれたような笑みは特に多い。 「何笑ってるの」 その笑みが、何故か気に障った。 「それは……まあ、なんかいいなあって思って」 「……君ってたいがいおめでたいよね」 「ひどいな」 「なんで馬鹿にされてるのに笑ってるの。怒りなよ」 「だって、こんなに幸せな気分でいられるなら、おめでたくてもいいかなって思って」 「幸せ?……ほんとに、おめでたいね」 「……だめですか」 ダメだと言われるのを確信して聞いているような、そんな悲観的な傲慢さが見えた。 「嫌いだな」 腹が立った。 「はい?」 「あんまり僕を苛々させないでくれる」 よくあることだが、言葉と同時に手が伸びていた。シャツの胸倉を掴んで引き寄せる。 鎖骨の辺りからかすかに石鹸の匂いがした。 「うわあ!ご、ごめんなさ……」 殴られると思ったらしい。綱吉がぎゅっと体を縮めて、堅く目を閉じた。 僕は。 「……うぎゃあああああ!!!」 綱吉の唇に自分のそれを重ねていた。 鳥の声一つしない、静かな午後の田舎町に、これもまた意外としっかりした綱吉の大声が響き渡った。 「うるさいな。噛み殺すよ」 「す、すいませ…いやいやいやいや、違う違う!何するんですか、アンタ!」 睨み付ける目の周りが赤い。 「何って、」 「いいです!言わなくていいです!なんなんですかあなた。なんでこんな」 「さあ」 「さあ?」 「なんとなく」 「なんとなく?!」 「したかったからかな」 「したかったからって……」 綱吉は長い長い溜息を付いて、それと一緒に肩を落としていった。息を吐ききるとぴたりと動きが止まった。 「あー、もー、しんじらんない、なんなんですか、あなた。あなたなんなんですか」 2回言った。さっきのと合わせると、3回だ。膝の間に頭を落としたままでそう言って、震え出した。 「綱吉?」 「あー…ほんと……あはははは」 肩を震わせて、綱吉は笑っていた。 「信じられないですよ……」 腹が立ったので殴ろうかと思ったが、頬の赤さが耳まで広がっているのを見ると、何故だか気が晴 れた。 「ばかみたい、俺ら……」 もう一つ失礼なことを言い、綱吉は真っ赤な顔で笑い続けた。 四 作話トップ |