相変わらず桜は満開だ。
 忌々しいその華やかな姿を、こともあろうに僕の上にこれみよがしに広げている。睨みつければ 視界がぐらりと揺れた。本当に忌々しい。すべて切り倒してやれたら、どれほど胸がすくか。
「大丈夫ですか?」
 また眩暈が強まったのと同じタイミングで声が聞こえた。昨日の声だ。
「あなた……昨日の」
「また君か」
 ぐらつく体を矜持で起こして、苛立ちのままに声の主を睨む。この僕が膝を付くなど、あってはならない。
「大丈夫、ですか?」
「大丈夫だよ。しつこいね君」
「だって……すいません」
 言おうとしたことを飲み込んで、少年はおどおどと目を逸らし、俯いた。そんな姿がお似合いの、 いかにも脆弱そうな人間だった。どこもかしこも細くて小さい。
「あの、オレ、沢田って言います。沢田、綱吉」
 びくびくしているくせに、聞いても居ない自己紹介を勝手に始めた。妙なヤツだ。しかし、名乗られ て答えないのも礼儀に適わない。
「雲雀恭弥」
「ひばり、きょうや。恭弥さん?」
 名前など記号に過ぎない。なんと呼ばれようがわかればいい。しかし、何故か違和感があった。
「誰が名前で呼んでいいっていったの」
「ごごごごめんなさい。ヒバリさん?」
 こんどはしっくりと響いた。
「そう。それでいい」
 すると、何故か目の前の少年も、怯えながら微笑んでいた。やっぱり、妙なヤツ。
 目が合うと逸らされる。追いかけると俯く。全く人に慣れない小動物のような奴だった。しかも 多分、草食だ。その癖、隙を見てこちらの様子を覗っている。僕がふらついていたのが、どうしても 気になるようだ。
「桜の時期は、いつもこうなんだ。別に心配しなくていい」
「大変ですね」
「忌々しいことは確かだね。でも春休みだからまだましさ」
 学校のある時期だったら本当に町中の桜を切り倒している。
「学校好きなんですか?」
「まあね。僕のものだから」
「はあ……よくわからないけど、すごいですね」
 そいつの視線が逃げて、今度は上に行った。当然そこには桜がある。
「じゃあ」
 ぎっしり詰まった花びらを映すその瞳は、不思議に透き通っていた。澄みすぎていてどこか ぼんやりとして見え、まるでガラスのようだった。その目のままで、小さく呟いた。
「桜は、お嫌いですよね」
 嫌いだ、と即答しようとして、茶色の瞳がこちらを見ているのにぶつかった。さっきまでおど おどと視線を泳がせ続けていたくせに。何故か、言うのが躊躇われた。



「……ああ。大嫌いだよ」
 一拍置けば、即刻そんな弱腰に嫌気がさした。






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