彼らは断末魔の叫びをあげることすら許されない。だから、死の降り積もるこの場所は、音を出す僕らが沈黙すれば最後、 全くの無音だった。花の死骸が溜まっていくここは、まるで世界の底だ。そして今、綱吉も全てが集まるそこに埋もれようとしている。 こべりついた血と泥と対照せずとも、その顔は蒼白だった。 「綱吉」 恐る恐る触れた頬は、背筋が震えるほど冷たかった。 「綱吉……」 普段目立たない薄茶の睫毛が、その存在を存分に主張している。 「許さないよ」 答えぬことを知りながら、僕が怒りに負けて言ったのと、その攻撃は同時だった。 「何するんです」 その声は呆れと非難でいっぱいだ。どうしようもなく神経に障る、そしてそれを知っていてわざとやっている、 音色だけは美しい声を残念なことに僕は知っていた。 「それはこっちの台詞だと思うんだけど」 僕が弾き飛ばしたナイフをゆったりとした動作で拾い上げて、そいつは柔和に微笑んだ。いや、最初からずっと 笑い続けていたのだろう。 「僕は死なせてくれって頼まれるまでいじめるのが好きなんですけど 、今なら特別に一撃で殺してあげるのに」 でもその瞳は、知りたくもないあらゆる負の感情でぎらぎらと輝いている。笑いながら怒り、笑いながら 憎み、笑いながら殺せる、どうしようもない男だ。きっと泣くときも笑っているのだろう。 「僕はいつでもぐちゃぐちゃが好みだよ……思い出させてくれたお礼に、君もやってあげようか?六道骸」 おもちゃみたいな色違いの瞳を憎悪に輝かせて、六道骸が立っていた。 「いえいえ、どういたしまして。本当に思い出しちゃいましたねえ」 そう、思い出した。 こいつのことが大嫌いだったことも。 「まだ綱吉につきまとう気なんだ。あんまり近寄らないでくれる? 腐臭がする」 六道骸。思い出せば奇妙な名前も当然だ。こいつはその名の通り六道界をさ迷う憐れなしかばねなのだから。しかし。 「綱吉は本当に弱っていたみたいだね。君みたいに下賎な化け物の侵入を 許すくらいだから」 「化け物? あなたと一緒にしないで下さい。存在自体が綱吉くんを傷つけるあなたと一緒にされたら、 僕泣いてしまいそうです。僕は人間ですよ?」 いかにも心外であると言う風だ。いちいち僕を怒らせるためにやっているとしか思えない。 「ワオ、まだそんな妄想を大事にしているの。六道輪廻からすら弾かれたはずれものの癖に」 「たましいすら持たないうつろな影が、人のさだめをどうこう言えるんですか」 そして奴は独特の、こもった薄気味悪い笑い方をした。その右手に三叉の槍が現れる。 「籠の小鳥はよくさえずりますね。しかし今や籠は壊れて、優しいご主人様もその通りだ。 言葉には気を付けないと、どうなっても知りませんよ」 こちらももとよりそのつもりだ。トンファーを握りなおす。爪の先まで攻撃の意志が満ちていく。 「どっちつかずのみっともない死にぞこないは、死人に口無しの美徳くらいは守りなよ」 「今度こそ綱吉君があなたを殺してくれると思ったのに、とんだどんでん返しだ」 口元はしぶとく笑っているが、吊り上げた唇程度でそのどぎつい悪意は隠せない。 骸の笑顔は完全に崩れ、敵を恫喝する獣の顔になっている。 「大事なことは人任せにしちゃ駄目だよ、ああ自分で出来ないからしかたないか」 多分、こちらも同じような顔をしているだろう。違うのは浮かぶ笑みが本心からのものだと言うことだ。 「ええ、自分であなたを殺して、綱吉くんももらいます」 そう、最初から形容しがたい複雑な強い感情は、僕越しに 「ずっとずっと欲しかったものだっけ? あげないよ」 「そもそもあなたのものじゃないでしょう?」 戦いとその先に期待できる殺戮の喜びが、一度凍った体を燃え立たせていた。 綱吉、ちょっと悲しいけれど僕はやっぱり、こちらのほうが向いているようだよ。 「やめろ」 地面を蹴るちょうど一瞬前、完璧なタイミングで第四の声が割り込んだ。 十六 作話トップ |