骸さんの六つの能力について、1




『三月に雪の降る話』


 あと少しで3月が終わる頃だ。
 俯いて歩いていた沢田綱吉は、首筋にぽつりとひやりとしたものが触れた気がして、首をすくめた。
 不審に思って顔を上げても、そこには満開の桜が広がるばかりである。辺りはしんとしていて、時折
不意に、かすかに鳥が遠くでさえずるのが聞こえてくるだけだ。その静寂を破ることなく、やはり無音
で薄紅色の花びらが舞い散る。
 春そのもののような光景に、気のせいだったかと綱吉が思った途端、計ったようにまた冷たいものが
触れた。今度は首筋ではなく、あおのいた彼の、丸い頬に。
「雨……?じゃなくて、これは」
   今度は目でもはっきりと確認できて。天に向けた手のひらに、純白の小さなかけらが乗って、一瞬で
水に変わった。
「雪?」
 まさか。そろそろ春も盛りを迎える頃だ。そんな季節に雪など。常識家の綱吉をからかうかのように、
雪らしきものは次々舞い降りて来た。もはや気のせいにはできない。頭上を埋める花の間をぬうように
して、次から次にそれはやってくる。
 信じられない光景にあっけにとられて見上げていると、徐々に雪の量が増え始め、綱吉の肌が感じる
気温までが下がり始めた。空を遮る桜をものともせずに雪が空間を埋める。見回せば既に、綱吉の足元
や、満開の花の上にうっすらと積もって、薄紅の景色を白く染め変えようとしている。
 


 淡紅色の花びらが舞い、ま白い雪がしんしんと積もり行く。異様な光景の中にひとりぼっちでたたずん
だ沢田綱吉が、何故か微笑んだ。
「いるんでしょ?」
 虚空に話し掛けても、当然返事はない。
「骸」
 返事はない。
「キレイな幻覚だね。ちょっと寒いけど」
「三月の雪かあ。そんなタイトルの映画あったよな。あれは4月だっけ?……そういや、最初に俺に見
せたのは、桜だったよな。秋に桜、春に雪かあ。骸はきれいなものがすきなのかな。ああ、あれはヒバ
リさんを殺すために桜だったんだっけ。桜を見ると気持ち悪くなっちゃうって、面白い病気だよね」
 返事はない。今や綱吉の上には、桜と雪が混ざり合って降り注いでいた。
「ヒバリさん、あれから桜嫌いになっちゃって、学校中の桜を切り倒すって言い出して大騒ぎだったん
だから。どさくさで病気は治ったんだから、もういいと思うんだけどなあ。なんでかリボーンが止めて
くれて、どうにかやめてくれたんだけど。なんでリボーン止めたのかな?花、好きなのかな?まさかな。
単に花見がしたかったのかな。日本の風物詩、割と堪能してやがるし」
 静まり返った空間に、綱吉の言葉だけが響く。彼はたった一人でとりとめのないことをしゃべり続け
た。
「あれ?」
 ふと手のひらを見ると、濡れた花弁が貼り付いていた。
「リアリティあるなあ……ねえ、こんなことしてどうするんだ?凍死でもさせる気?……でもこの調子
だと、かなり時間かかるよね」
 雪は穏やかで、命の危険は感じない。
「出て来いよ、骸」
 返事はない。雪と桜は静かに舞い続ける。




反転する人いないよね?実は骸さんはいません。



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