羽ばたきの音が聞こえる






 山本武の目には沢田綱吉が映っていた。鳥かごを持って苦笑している。
苦笑は彼がもっともよく浮かべる表情の一つだ。
「鳥が逃げたのか?」
 鳥かごの扉は開いていた。音も立てずに、静かに揺れている。
「や、逆」
 武によく見えるように鳥かごが差し伸べられる。格子の向こう側に黄色い小鳥が一羽、揺れるかごも 、開けっ放しの扉も意にとめずに自分の尾羽をつついている。
  「逃がそうと思ったんだけど、逃げないんだ」  眉根を下げて笑いながら、捕まえて外に出しても部屋の中でじっとしているのだと言う。
「そりゃまあ、そうだろうな」
「だよね。考えてみたら、この子は生まれた時からかごの中に居て、かごの中で育ったんだ」
 武と綱吉の視線を気にせず、小鳥は毛づくろいにいそしんでいる。
「この子にとっての世界はこのかごなんだ」
 小柄な彼が顔を上げる。武の目に小さな顔と大きな目が見えるようになった。
「この子が外に出ることがあるなら、その時は」
 不意に、小鳥が翼を羽ばたかせた。












 主の居なくなった部屋で、武はすぐに鳥かごを見つけた。窓辺に積みあがった本の上に、無造作に置かれている。 一瞬驚きに見開かれた目が、徐々に笑みに細まる。
「……はは」
 鳥かごを持って苦笑する。

 
 空っぽだった。


 目を閉じて、耳を澄ます。
 羽ばたきの音が聞こえた気がした。






 若きドン・ボンゴレの葬儀は、厳しい情勢を慮り、ごく近しい者たちによってひそやかに行われた。