うんざりした、しかしその感情すらどうでもいいと言いたげな諦念の籠もった目で、沢田綱吉は漠然と上を 見ていた。 「そもそもお前、最初は俺のこと嫌いだって言ってなかったっけ」 悲しげに眉を寄せて自分を覗き込む男の整った顔と、その向こうの自室の照明を見ていた。正確には照明器具だ。 明かりは灯っていない。 「憎んでいたんです」 綱吉の部屋は人工の光を必要としない明るさだ。 わざわざドラマチックな声音で訂正する六道骸は、二語の微妙な違いを強調したいようだ。 「どっちでもいいけどさ」 しかし沢田は一向に頓着しないらしい。意味の違いにも、晴れた午後に自室の床で男に のしかかられている自分にもだ。 「それが、何がどうして憎んでいた俺のことを」 「愛しているんです」 さすがに目を逸らした先に、白い手に握り込まれた自分の手の平が目に入った。指の間にがっちり指が入っている。 最初その手は首を掴んでいたはずだった。その手際に、さすがに綱吉も感心と恐怖を感じた。 「お前らには」 六道骸の顔はいっそう悲しげになった。主にたった一文字の、ら、の部分に対しての反応だ。 「好きか嫌いか、どっちかしかないの」 「どういうことです」 六道骸はいやに美しい動きで首を傾げた。綱吉は当然無視する。 「極端だって言ってるんだ。好きと嫌いだけでその間はないのか?いい人だけど苦手とか、わざわざ言う程でもないけどまあ好きとか、 嫌な奴だけど友達とか、どうでもいいとかの、普通の気持はないの」 沢田綱吉が饒舌に理想の現実を語るのを、六道骸は遮らなかった。その代わり、肯定もしない。その反応を見て、沢田は早々に諦めた。 説得は愚痴に変わる。 「どうして普通でいられないの? 普通でいいだろ。普通で。普通はないのか?」 普通と四度繰り返しながら、彼は母校の校歌を思い出していた。大なく小なく並みがいい。なんとすばらしい言葉だろう。 「ごめんなさい、無理です。誰よりも憎んでいたのに、いつのまにか誰よりも愛していました」 真摯な声で骸は言った。 「だからどうして間がないんだ。二進法かよ」 綱吉は笑いのような威嚇のような微妙な表情になった。頭の中にはいまだに校歌が流れている。 「じゃあ、お前」 「はい、なんでしょう」 二番の歌いだしがどうしても思い出せなかった。 「俺のこと好きだって言うなら、俺の言うこと聞けるだろ。好きなのやめてくれよ。ね?」 「無理です。あなた、なんて道理の通らないことを言うんです」 Bメロで一番と三番の歌詞がごっちゃになる。 「道理が通ってないのはお前の存在そのものだろ。なんで悲しそうなのに笑ってるの。叱られてるのに嬉しそうなの」 「クフフ」 「あ……すごい……すごくきもちわるい」 脳細胞を使わない会話をしながら、校歌から当時の風紀委員長の着メロを連想する。六道と出会った当時のことを思い出して みたり、さっきから沢田の脳は自由奔放だ。 「ああ、でも」 気ままな脳は、ついでにある事実を思い出した。 「俺はお前のことなんとも思っちゃいないけど」 そして思いつきをそのまま沢田綱吉は口にした。 「お前が誰か他の人のことを好きになったら、ものすごく腹立つんだろうな」 骸が絶句する。 「……そんな半端な言葉で、僕を繋ぎ止めるつもりなんですか、あなたは」 骸の声が本当に震えるのを、綱吉は不思議な気持ちで聞いた。 「まさか。そう思っただけだよ。嫌なら俺のこと」 「好きです」 初めて骸は綱吉の言葉を遮った。 「……泣くなよ」 鼻水が俺に垂れる。 作話トップ |