『来来来来来ライラ』


 沢田綱吉が獄寺隼人の視線を感じることはよくある。いや、むしろ、感じない時の方が少
ない。珍しい。滅多にない。獄寺隼人の視線を感じないと、彼が何を見ているのか不安にな
って彼の視線を追ってしまうほどに滅多にないことだ。
 ちなみに、ほとんどの場合綱吉の不安は的中して、視線は彼と彼の主人(だと彼が定義し
た人物)(つまり綱吉)と彼の敵(だと彼が定義した人物)に向けられており、そうなって
しまえば大概すぐに破壊と混乱が発生する。いや、獄寺の手によって発生させられる。状況
がそれを許す限り、綱吉は逃亡する。
 前置きが長くなったが、つまり、その日、山本武が部活へ行って獄寺と二人きりだった放
課後、斜め後ろから後頭部に視線を感じたのも、ごくごく日常的な自然なことだったのだ。
「……獄寺君?」
 しかし、沢田綱吉はその直感が告げるままに振り返った。ほんのかすかな、気のせいにし
て捨てておけるほどの違和感。
「はい、十代目」
 そこにいるのは、綱吉以外には絶対に見せない満面の笑みを浮かべた獄寺隼人以外の何者
でもない。やはり杞憂だったかと理性は安心したがるが、もっと深い部分が警告の声を強め
る。
「どうなさいました」
 難しい顔をして黙ってしまった綱吉に、獄寺が不思議そうな顔になる。やはりおかしい。
何が、と言われれば、綱吉も返答に詰まるだろうが、何かがおかしい。
 もう少し放置すれば、十代目何かお気にかかることがもしやこないだのとかなんとか、勝
手に仮想敵を妄想しだすだろう獄寺の顔を、綱吉はまじまじと眺めた。次第に違和感が疑惑
へと昇華されていく。
「十代目?」
「……骸?」
 もう少し言葉を重ねて証拠を探すつもりが、口を開けば言葉は勝手に滑り落ち、疑惑その
ものを容疑者自身に突きつけていた。
  「何をおっしゃるんです!」
 驚愕した獄寺の姿で、綱吉は確信した。
「やっぱり骸だ」
「なぜ、そう思われるんですか」
 その台詞は自白も同然だ。
「だって、もしもあなたが獄寺くんなら、何をおっしゃるんですなんて言わずに、振り返っ
て六道骸の姿を探したでしょ」
「ああ……僕としたことが、随分と初歩的なミスをしたものですね」
 獄寺自身は浮かべたことのない、爽やかだがどこか暗い顔で、獄寺隼人の姿をしたものは
微笑んだ。
「でも、へまをしないように黙っていたのに、あなたは僕に気付きましたね。そうでしょう?
あれは何故?アレでいて彼は、あなたと二人のときは時折寡黙になるでしょう?」
「アンタそんな小さい情報どうやって集めてんですか……。それは、なんでだろう。俺にも
わかんないな。なんとなくです」
「なんとなく?」
「なんとなく」
 綱吉が曖昧に頷くと、彼は声を立てて笑い出した。クハハハハハ、独特の声が響く。
「さすがです。いやはや、ボンゴレの血とは本当に恐ろしいものですね」
笑いを収めた彼の、あくまでもその端正な顔を引き立てる静かな笑顔に、獄寺くん実は美形
なんだよね、と少々失礼な感想を浮かべた。
  「はい。改めまして、お久しぶりです、ボンゴレ」
 向き直って会釈する獄寺隼人、の皮を被った六道骸に、沢田綱吉は苦笑を返した。
 彼の本体とサシで殴りあった記憶はまだ生々しいく、その時の傷もまだ痛む。
「こちらこそ、でも、俺はボンゴレじゃないですってば……」
「あなたが嫌だろうが嬉しかろうが、あなたの体にボンゴレの血が流れているのは真実でし
ょう」
「いちいち呼ぶなって話です」
 気って捨てるような物言いにも、骸は動じない。
「では、沢田くん?綱吉くん?それともやっぱりツッ君?」
 沢田綱吉はげんなりした。
「それは母さんの…だからほんとどうやってそんな細かいネタを仕込んで……ああ、もうど
うでもいいや。あんたがそこにいるってことは、また憑依弾を使ったんですか」
「はい。」
「そんな状況なのに俺のとこなんかに来てていいんですか?」
「こめかみに銃口を押し当てて、引き鉄を引く瞬間、もう一度目を開いた時にそこにあなた
がいればいいなって思ったら、つい」
「ついって……」
「自分でも自分の衝動と行動に驚いています」
「あいかわらずどこまで本気なんだかぜんぜんわかんない」
「本気以外であなたの前に立てるものですか。僕の魔法が効かないんですから」
  「なんだかなあ」
「一瞬の死から復活に至るまでの暗闇には、いつも自然とあなたの顔が浮かびます」
「それって…」
「はい」
「いえ、なんでもないです」
 そこだけは一流の危機察知能力が、綱吉にこれ以上の追求を思いとどまらせた。
 裏の意味などいちいち考えていては骸とは話せない。そう思うことにして、彼は自分を
納得させた。
「それより、こんなところで遊んでいていいんですか」
「同時進行で別の体が別の場所で働いていますよ。アメ…」
「聞きたくない」
「まあ、残念ですね。今夜のトップニュースを誰よりも早く知れるかもしれないのに」
「だから聞きたくない。あーあ、相変わらず物騒だなあ」
 心底嫌そうに綱吉が眉を寄せるので、骸は苦笑する。
「そうですね。相変わらず騒々しくやってますよ。それに対してここは平和ですね。うた
かたのまがいものだとしても、いやだからこそでしょうか?すばらしいことです」
 綱吉は顔の筋肉をひきつらせたが、口に出しては何も言わない。骸はマイペースに辺り
の景色を見回している。
「ここは寒いのですか?あなたは随分厚着をしている。人の体だと、どうも五感がはっき
りしないんです」
「なら、熱い物も辛いものも、おいしくないですね」
「まったくです。残念なことです」
 骸は重々しく頷いた。
「あはは」
 それが作戦なんだろうなあ、と思いつつも、思わずきもちが和んでしまう。
「ああ、やっと笑ってくださった」
「あははははなにそれ。笑えるんだけど」
「あなたにそんなに笑っていただけて、とっても複雑です」
「しっかり面白かったから安心してください」
「僕にはあなたのほうがどこまで本気なのか謎ですけれどね。では、あなたの笑顔も見ら
れたことですし、そろそろおいとましましょうか。僕は僕の世界に帰るとしましょう」
「ええ?!」
「また来ます。ごきげんよう」
「ちょっと待っ……!」
「十代目?!」
 一瞬の空白の後、そこにはきょとんとした表情の獄寺隼人が居た。反射的に綱吉はあ、
やっぱりとても美形には見えない、と思いつつ、別のことを口に出した。
「ごきげんようはないだろ……」
「はい?!」
 また来ます。こちらに賛成も反対もさせない辺り、やはり彼は自分勝手な人間だ。オ
チのないコントのようなあまりにあっけなく一方的な幕切れも。綱吉は白い溜息を付く
と、何故か妙にしみじみした気分で六道骸のことを考える。
「じゅじゅ十代目?!」
 混乱した獄寺だけが残った。



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