「骸さん」
今までずっとのらりくらりと逃げていた綱吉の目が、正面から骸を射抜いた。恐怖をおもちゃ程度に思っているはずの骸の体が、小柄な体が発する怒気におののく。
「……嘘です。そうだとよかったんですけどね。『前の僕』はお恥ずかしいことにどじっちゃいまして。保険のつもりで確保していたこの体が役に立ってしまったというわけです」
自分を怯えさせる者が存在することに、深い快楽と微かな安堵を感じながら、骸は早々に白状した。
「ついてもなんにもならない嘘なんて付かないで下さい。しかも、相当タチが悪い」
「ごめんなさい」
気味が悪いほど素直に謝罪して、美女の姿をした生き物は、深々と頭を下げた。
「もう絶対止めてくださいね。喜ばれてもいいから、あなたを殴ってしまうところでしたよ」
「クフフ、それは惜しいことをしましたね」
かなり本気で言うと、怒気は霧散し、変わりに彼の地顔に近い引き気味の苦笑が浮かんだ。和らぐ空気が何故か切なくて、骸はごまかすように口を開いた。
「タカハシ・コタロウは結構気に入っていたんですよ。あなたもそうでしょう?」
「違う体を前にしてコメントしづらい質問ですね。でも、どうして?」
「だって、目元のあたり、あなたの大好きな日本刀男にちょっと似てたんですもの」
「日本刀男って、そんな変質者の通り魔みたいな……。山本に?そう言えば…そうかな?」
「とぼけないでもいいですよ。似ていました。だって僕、だからあの体にしたんだもの」
「はあ?骸さんも山本に憧れてたんですか?」
一種の同一化?それにしても意外だなあ、いや逆に全然違うタイプだから自分にないもものを?ぶつぶつやり始めた綱吉を、骸は無言で首を振ることで遮った。
「違います。それに彼は、あれで案外僕と同じ毛色の人間の様な気がしますよ」
「それについてはあんまり深く考えたくないですね。それで、どうしてなんです?」
「ああ、話が全くどうでもいいことに逸れちゃいましたね……その分余計に、あなたに愛していただけるんじゃないかと思って」
綱吉は深い深い溜息をついた。疲れが滲むが優しい目で、自分を見つめ続けるオッドアイを見返した。
「……なら余計に、大事にしてください。バカな嘘も付かないで」
「ごめんなさい。なにぶん、恥ずかしかったんです……ドジはあなたの専売特許なのに」
綱吉は再び顔を逸らした。
「……ああ、そう言えば、なんだって爆死なんて選んだんです?おかげで南米はキレイになりましたが、現場は汚いなんてものじゃなかったんですよ。全く、葬式出すほうの身にもなって下さい。未だに右足と左手が見つからないんだから」
あからさまに話を逸らそうとしているのがわかったが、表面的には綱吉に甘い骸は、喜んで逸らされることにした。
「適当に焼いちゃって下さいよ。クフフフフ……ちょっとやって見たかったんです、花火。あなたのイヌが派手に打ち上げてるのを遠目に見ていて、楽しそうだなって思っていたんです」
「やっぱり!十八番を取られたねって言った時の獄寺くん、傑作でしたよ。無理矢理洗われてシャンプーくさくなっちゃった犬みたいななっさけない顔で」
「それは見たかった」
「ええ、死んだりなんかしてて、惜しいものを見逃しましたよ」
「全くです」
「ねえ、もうこんなことはなしにしてくださいね?『あなた』の葬式をしなきゃいけないのは、たとえ『あなた』が式の間中手を握ってくれていても、ちゃんと悲しいんです。だから俺が好きだって言うなら、そんな思いさせないで」
「……はい」
地顔が笑顔の規格外の『存在』は、やっぱり笑みを浮かべて、頷いた。
「あっ」
「………今度はなんです」
ルージュの色も鮮やかな唇から漏れた、雰囲気ぶち壊しの間の抜けた声に、綱吉は嫌な予感を感じつつ、やはりこの世界ただ一人のツッコミ要員としての義務感で聞いてみた。
「女の体って、こんなふうに欲情するんだったなと思って。こう、ま」
「アンタ最悪だあぁぁぁぁ!!!!!」
「仕方ないでしょう!ロマンティックな気分と性的興奮って紙一重なんですよ!!」
「力説すんなぼけぇぇ!!!この変態!!!」
「聞き捨てなりませんね!!好きな相手に愛を告げられて、欲情しないほうが変態です!!!」
「愛なんか告げてねえよ!!!」
「本気で引いてる顔が最高ですね!興奮します!」
「うるせえこのドS!ドM!キ☆ガイ!!」
「なっ……そうですけど!」
終
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