「その分余計に、あなたに愛していただけるんじゃないかと思って」
『月曜が来る前に』
南米でタカハシコタロウ氏が死亡したと言う報告を受けても、沢田綱吉は全く動揺しなかった。
まるであらかじめそれを知っていたような姿に部下たちが畏怖を露にする中、沢田の背後に彼自身の影であるかのようにひっそり立った黒衣の少年だけが、愛らしい顔に似合わぬシニカルな笑みを浮かべた。隠そうともしないその気配に、思わずため息をついてしまいそうになるのを抑えて、沢田はボスとしての責務を果たす。
「死因は」
「爆死です。例の連中の幹部を、ほぼすべて道連れに」
そう言った腹心の顔を、目だけを動かして仰ぎ見ると、沢田は意地悪な笑みを見せた。童顔の彼がそんな顔をすると、悪戯小僧のような妙に憎めない雰囲気になる。もっとも彼は、実際小僧だった頃は悪戯をするような気概のある子どもではなかったが。
「十八番を取られたね」
「……十代目……」
腹心は眉間に皺を寄せ、眉尻を下げた。容姿に恵まれた彼が、叱られたイヌのような世にも情けない顔をしたので、沢田の気が少しだけ気が晴れる。憂鬱な話を続ける気になった。
「ほぼ?」
「はい。肝心のドラッグのルートを握っていたのが行方不明です。探ってはいますが、お恥ずかしいことに全く足取りが掴めません。生きているのか死んでいるのかさえ」
「なるほどね……」
綱吉は今度こそこらえずにため息をついた。部下たちはそれを、タカハシ氏の失敗と、その死に対するものだと解釈する。
「タカハシからの連絡が途絶えたのが4日前、彼らのアジトが何者かに爆破されたのは、三日前だったよね」
「はい。死亡確認に時間がかかってしまい、申し訳ありませんでした。……しかし、何しろ」
そこで言いよどむ獄寺に、綱吉は苦笑した。この程度の惨劇に恐怖することなどもはや無いと言うのに、この部下は未だに自分をワレモノ扱いしたがる節がある。
「何しろ?」
相手の言葉を反復して促すと、獄寺は仕方なさそうに続けた。
「現場が、その…死体から何から……その、ぐちゃぐちゃだったもので。モノでもヒトでもごたまぜに散らばって、どれが誰の手で足で目ん玉なのか判別するのにすら苦労しました。しかもどれもこれも黒焦げで」
ためらいながらもしっかり具体的に言ってくれる。
「ぐちゃぐちゃねえ。マザーグースの歌みたいだね。もっともタカハシ君は几帳面な男だったけれど」
「はあ。お詳しいですね、十代目」
「俺が毎晩子守唄に歌ってやったからなァ」
至って真剣な声で、茶々が入った。もちろん声の主は黒衣の少年だ。
「マジっすかリボーンさん!」
「嘘だよ!リボーンお前、ついてもなんにもなんない嘘付くな!獄寺くんも信じない!」
「そ、そうですよね…」
「そりゃあな。俺が歌ってやってるのは…」
「もういいから!とにかくみんな、もう下がってくれていいよ。獄寺くん、君はタカハシの葬儀の準備を」
「はい」
「いい男だったのになあ」
「……はい」
何か言いたそうな側近を、無反応で制した。
部下が退出すると、綱吉は、当然のように一人だけ残った少年を振り返った。
「アジトごと自爆かあ……。獄寺くんはそんな死に方しないといいけど。なあ、リボーン、俺はこーんなに平凡でありきたりなのに、どうして俺の周りに居るのは非常識な存在ばかりなのかなあ」
綱吉は、非常識な人間とは言わず、存在という言葉を使った。
「本気で言ってるのか、栄光あるドン・ボンゴレ十代目?」
「もちろん。俺はいつでも心の底から、平凡と平穏と平和に憧れてるんだよ」
すると、綱吉の言うところによる「非常識な存在」の最初にして最高である少年は、心底哀れむような表情を作って見せた。
「知らねえのか。手に届かないから憧れって言うんだぜ、ダメツナ」