彼は崩れ落ちた体を見下ろした。強く、そして誇り高い生き物が無様に地に這うのを、 静まり返った目を伏せて見つめ、独り言の音量で、ぽつりと呟く。

「また、眠ってしまったんですね」



 彼は大地にまっすぐ立ち、もう一人は横たわっている。 応えのないことなど先刻承知で彼はもう一度口を開いた。
「せっかく会えたのに」
 眠る魔物は酷い顔色をしていたが、表情は意外に穏やかだ。
  「いいえ……もとよりあなたは、ずっと眠っているんでしたね、ヒバリさん」
 まるで、陽気に誘われて午睡をむさぼっているかのようだ。 ひたすらに苛烈な瞳が隠れているから、落差故にそう見えるのかもしれない。
「……オレの夢の中で、あなたは眠り続けているんでした」
   血の気が引いて、白い顔が更に白い。およそ体温というものを連想させないその白は、 とても生き物の色には見えない。そこに満開の桜が、淡い影を落としている。
「でも、やっとあなたはオレのところへ来てくれた」
 春だ。果てなく巡り続ける季節の中で、この町を埋め尽くす木が、そのはなびらで空を覆う 一瞬だ。
「こんな不自然な世界、ありえない時間」
 そしてこの町、いや世界はその絶頂の一瞬のままでずっと留まっていた。いや、留まるという 表現すら当てはまらない。常に流れ行くものが時ならば、ここに時はないのだから。
「続くはずがありません」
 世界の創造者でありながら、彼は世界をたった一言の元に断ち切った。
「あなたとオレが出会うということは、この世界が終わるということです」
 最初から一貫して変わらぬ静かな声で告げる唇は、いつからかかすかに微笑んでいる。
「刹那を積み重ね続けることで、近づくことは出来るけれど、永遠などどこにもないのだから」
 その時、うてなから離れたひとひらの花びらが、仰向けで横たわった頬にたどり着いた。 彼は膝を折り、身動ぎもせずに横たわる雲雀に覆い被さった。
「聞こえますか?」
 すぐ近くになった静止した顔を、綱吉はしばし黙って見た。そしてあっさりと言った。
「終わりにしますね」
 そっとその頬に触れ、色のない顔に乗った薄紅の花弁をつまむ。
「また来てくださいね……待っています、ヒバリさん」
 小さな丸い指先が、滑らかな頬を一瞬撫でた。花びらと同じ色の笑みが深まる。
「オレを殺しに来るんでしょう?」
 彼が指を開くと、軽い花びらはどこかへ飛び去った。見送りも せずに、彼は雲雀を見つめていた。

「オレはあなたに……また、会いたい」





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