どうしようもない。春には容赦がない。
 花は散った。




 時折吹く風は、暖かいが強い。すでに乱された髪を直す気にもなれないでいる。
 花は散った。入れ替わりで新芽が芽吹き、溢れ出した真新しい黄緑は瞼に残る薄紅を全て塗りつぶした。 それに記憶まで上書きされた訳でもあるまいに、あれほど桜を愛で、浮かれていた人間たちは、 もう見向きもしない。春なのだ。桜が終われば八重桜、蓮華に蒲公英、菜種、目を奪う花が 多すぎる。一つ一つを惜しむ間もない。
 しかし、そんなものには彼らは頓着しないらしい。めざましいスピードで質量と色彩の濃さ を増してく若葉は、あっという間に再び空を覆おうとしている。

 花そのもののはかなさとあっけなさで、桜の巨木も、あの小さな、退屈で穏やかな町も消え てしまった。綱吉と死神が行ってしまうと、用はなくなったとばかりに六道も退場した。嘘しか言わない口では どうのこうのと言いながら、綱吉を生かすためだけに現われていたのだと、言うことだ。それだけに警戒すべき相手なの だが。借りを作ったと言わざるをえないだろう。まあ、それはまた別の話とでもしておこう。
 そして肝心の綱吉の行方はと言うと、杳として知れない。あの子どもの実力と、それから可愛げを知ることに なったという訳だ。

 汗ばむほどの陽気だ。春は盛りで、つまり終わりに向かっている。春が終わればイライラする夏、 やっと涼しくなったと思ったら秋は駆け足で去って長い冬が来る。気がつけば季節は既に一巡り している。
 ただ繰り返すだけのそれを、今は楽しく、そしてなぜか悲しく思う。季節はただ繰り返すだけ、何も 変わりはしない。僕が変わってしまったのだろう。
 何もかも嘘だった。何もかも幻だった。何もかも夢だった。結局夢が覚めれば、 君が僕にくれたものは、この感傷だけだった。
 桜が作る若葉闇の下を歩けば、嬉しくて嬉しくて叫びたい衝動に駆られ、そして一瞬後には 声も立てずに泣き出したい程落ち込む。この女々しくて暴力的な、まるきり春そのものの 気持ちには、まだ名前をつけないでおく。


 再び君と会うまでは。









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